a short short story.
陽炎  .
それは暑い、夏の夜のことだった。
感覚を狂わした蝉が遠くで鳴き、じっとりとした空気を助長させていた。

湯上がりで火照った身体に、扇風機の風を浴びせながら、
ソーダ味のアイスキャンディーを齧る。

熱さが引けない。

「だらしのない格好」

同じように火照った身体をバスローブで包んだ彼女が呆れたように笑う。
しっとりと濡れた髪に、いつもは白い肌が桃色に染まっている。

ああ、今度は頭がクラクラする。
だが、これは気温のせいではない。

「ねぇ、今日は花火大会なんですって」

彼女の言葉に時計をみやるが、長針は21時をとうに過ぎていた。
この時間じゃ、花火はとっくに終わっている。

しかし、あの遠くから響く花火の音を聞いた記憶がない。

「大きな建物に入っていたからじゃない?ほら、今日は暑かったから」

けども、浴衣で着飾った女の子をみた記憶もない。
花火大会やらがあれば道行く途中で見かけるだろう。
そう。
夕方、歩いていた時には誰一人みかけなかった。

「今日の夕刻は一緒にDVDを観ていたじゃない」

ああ、そうだった。
彼女と一緒に、古い、短編ストーリーばかりを詰め込んだDVDを観ていたのだ。
あれにも夏の話が入っていた。
夏祭りに男女が出会って、そこからはお決まりの展開だ。

あの映画のラストはどんなだった?

ふと、肩先がひやりとした。
彼女のひんやりとした手が肩に触れたのだ。
顔を上げれば、彼女は目をほそめてこちらをみている。

「ねぇ、いくら暑いからってそのままじゃあ、風邪を引いてしまうわ」

「あ、ああ・・・そうだね」

暑さでボンヤリしているのだろうか。
まるで陽炎のように、ついさっきの出来事がゆらゆらゆれる。

「暑いとだめだね。ボンヤリしてしまう。君も・・・・・・」

気をつけた方がいいと、言いかけて、彼女の名前が出てこないことに気づいた。

「これは、夢かしら?」

意味ありげに囁くと、「ニッ」と彼女が笑った。